私の部屋には泣き女がいる。
私はこの女の名前も知らない。だから単に泣き女とだけ呼んでいる。元来泣き女は葬式の時にのみ泣くものだが、この女はいつでも泣く。初めて逢った時も路傍で一人泣いていた。通りかかる人々がみな哀れでならないと言って泣いていた。私はちょっとした気まぐれでこの女を拾った。親族の葬式で連れて行ったら、こんなに親身になって泣いてくれるとは優しい女性だ、と受けが良かったので気を良くして結婚式にも連れて行ったらいずれ別れるさだめなのに祝う様が哀れでならないといって泣き始め、縁起でもないと式場を放り出された。おかげで私の面目は丸つぶれで、私はもう二度とこの女を表には出すまいと決めた。葬式のときだけ連れ歩くことにした。
では私の部屋に閉じ込めてみたらどうだったかというと、朝私が出勤すると寂しいといって泣き始め、帰って来れば疲れたあなたが哀れでならないといって泣き始め、では一日家にいてやろうとするとそれで仕事を失うあなたが可哀想だと泣き始める。では一体どうして欲しいのかと聞くとただ泣いている。私を愛してくださいと言いながら泣いている。
だんだん私は腹が立ち始め、泣き女を殴った。殴られても女はただ泣いていた。それは一向に私の腹立ちを収まらせはせず、むしろいっそう腹が立って私はさらに女を殴った。蹴りもした。それでも女はただ泣いていたので、私はそれをやめはしなかった。そんな日々がしばらく続いた。女は部屋の隅でひっそりと泣きながら私を愛してください、と呟く。私はただ女を殴る。女は泣く。ある日私はすっかり力尽きてしまって、振り上げた拳をそのままだらりと下げて、女の横にずるりと座り込んだ。
何故この女はこんなに泣くのだろう。きっとこの女の一族は葬式で泣くために涙腺をゆるくしようと努力したに違いない。そしてそのように遺伝子が仕組まれるようになったのだろう。そうに違いない。
私は呟いた。
「お前は私が死んでも泣くのだろうな、いつもの通りに」
女は泣きながら答えた。
「ええ、泣くわ、いつもの通りに」
私の目からは涙すらこぼれなかった。私の分の涙もこの泣き女が代わりに流しているのだろう。けれどもそれは私の流したい涙ではないのだ。
泣き女は、今日も私の隣で泣いている。